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自治体の起業家支援、「似たりよったり」を超えるには?:渋谷・つくば・福岡・横瀬の4事例から考える

政府によるスタートアップ支援がさかんになり、全国の自治体においても、起業家の誘致・育成競争が激しくなっています。地域経済の活性化はもちろん、少子高齢化をはじめとする社会課題に向き合ううえでも、起業家によるイノベーションが必要になる。そんな考え方が普及しつつあるからでしょうか。

起業したいと考える方にとっては嬉しい状況である反面、起業家を支援する立場の方からしたら難しい時代になったとも言えます。少し調べてみれば、どの自治体にも同じような支援メニューが用意されていて、似たりよったりだと感じるはずです。

本記事では、自分たちの強みや課題に即して独自の政策を展開する4つの自治体を通じて、求められる起業家支援のあり方について考えてみたいと思います。起業を目指す方にとっては、「この街で起業したい」と引っ越しや移住を検討したくなるかもしれません。

東京都渋谷区 グローバルなスタートアップシティ

渋谷区は90年代ころから「渋谷系」や「裏原」といった若者文化の発信地でした。同じ頃、IT関連のベンチャーが集積する「ビットバレー」としても知られ、サイバーエージェントやGMOインターネット、DeNAといった名だたる企業が育ちました。カルチャーとテクノロジーの双方において、新しいプレイヤーを生み出してきたのです。

そんな渋谷区では、近年スタートアップ支援の動きを加速させています。2020年にはグローバル拠点都市推進室を発足し、さまざまな支援を展開しています。たとえば、区と連携して社会課題解決を目指す実証実験プログラム「Innovation for New Normal from Shibuya」。同プログラムでは、2022年に国内外から約300社が応募、うち70社が採択されています。採択企業は、1200人を超える区民が登録する区民モニター制度のもとで実験を進めることができます。

AI×IoTを活用し空き情報を配信するサービス「VACAN AirKnock」を役所内のお手洗い混雑を防止するために実装したり、子育て世代の職員を対象に遠隔操作ロボットによる子育て支援の実験をおこなったり、区も実験に積極的にコミットしています。

また、渋谷区と民間企業の産官連携でスタートアップをサポートするコンソーシアム「Shibuya Startup Deck」もあります。これは不動産や金融におけるスタートアップフレンドリーな仕組みづくりとコミュニティ形成を支援するもので、法人口座開設サポートや居抜きオフィスのマッチング、敷金の支援といったサービスを揃えています。

さらに、海外スタートアップ企業の招致をおこなう「Shibuya Startup Support」も成果をあげています。経済産業省の制度を活用し、外国人起業家にスタートアップビザを付与。2021年に取り組みを開始してから約30社を超える企業にビザを与え、国内トップの実績をあげています。ビザを得た企業はヘルスケアテックやWeb3、ゲーム・アニメなどのコンテンツ関連など、渋谷区の強みや課題に関連するものが多くみられます。

さらに2023年2月には、渋谷区と東急、東急不動産、GMOインターネットグループが資本を出し合い、スタートアップ育成を担う「シブヤスタートアップス株式会社」を設立国際的なスタートアップコミュニティの形成に向けて、さらにアクセルを踏んでいます。

茨城県つくば市 研究学園都市ならではのエコシステム

茨城県つくば市は、筑波大学や29の国立研究所を含め、約150もの研究機関が集積する研究学園都市として知られています。豊富な知財を有する各大学や研究施設は、最先端の研究を事業シーズとして活かそうと、早くからスタートアップ育成に取り組んできました。例えば、筑波大学で得た研究成果の事業化や大学との共同研究などに取り組む「筑波大学発ベンチャー」の数は、累計221社(2023年7月6日現在)にも上ります。

サイエンスのビジネス活用における聖地とも言えそうなつくば市ですが、行政から見ると課題もありましたつくばで生まれたスタートアップが、都市部へ流出してしまうケースが目立ったのです。さらに、「科学技術の街」というイメージと市民の実感とのギャップも、解決したい悩みの一つでした。調査の結果、科学技術の恩恵を受けていないと答えた市民が半数を超え、テクノロジーの社会実装を迅速に進める必要性が浮き彫りになりました。

こうした課題を解決するため、つくば市はスタートアップ支援を推し進めてきました。ポイントの一つは「つながり」をつくること。例えば、2017年から現在まで継続している「つくばSociety 5.0社会実装 トライアル支援事業」では、起業家と専門家とのコミュニケーションやネットワークづくりを支援しています。事業のブラッシュアップはもちろん、スタートアップだけではリーチできない企業との接触にもつながるため、実証実験にも大きく役立つ支援内容です。

さらに特徴的なのは、つくば市職員による伴走支援です。職員が担当者としてサポートに入り、担当課とのコーディネート、実証実験に向けたモニター探しなどを担います。モニター探しでは、これまで全く接点のない企業に「飛び込み営業」をするケースもあるとのこと。市の職員が協力をお願いすることで、スタートアップへの信頼感にもつながっているのだそうです。こうした地道な取り組みは、つくばのスタートアップ・エコシステムを拡大する大切な要素の一つでしょう。

福岡県福岡市 開業率4年連続1位

福岡市では2012年に「スタートアップ都市ふくおか」を宣言。高島宗一郎市長の強いリーダーシップのもとで、起業家支援を続けてきました。特に注力するのは起業の裾野を広げること

2014年にオープンした起業相談に応じる「福岡市スタートアップカフェ」では、2022年7月までに17,734件の相談に乗り、カフェ経由で起業した会社は累計609社にのぼります。

2017年には、起業家と支援者が集まる創業支援施設「Fukuoka Growth Next」を開設しました。2021年11月までに522社・団体が入居し、同入居企業の資金調達額は累計230億円(64社)。原則1年間で卒業するという同施設の新陳代謝がいかに活発なものか伺えます。

税制優遇もあります。2014年に国家戦略特区に指定されたことから、起業後に法人税率が最大5年間20%控除される軽減措置があるほか、法人市民税を最大5年間全額免除する「スタートアップ減税」も市独自に制度化しています。国税と市税をあわせた軽減措置をもつ自治体は福岡市のみだそうです。

こうした起業しやすい環境づくりの成果は、4年連続開業率日本一という実績に現れています。日本で最も起業しやすい街のひとつだと言えるかもしれません。

──そんな福岡市の次なる課題は、スタートアップの株式上場です。10年間で数多くの企業が立ち上がったものの、上場に至ったケースは1件もありません。これはスタートアップの成長支援もさることながら、株式上場やバイアウトなど、出口戦略をサポートできる専門人材の不足が原因だとされています。

そこで福岡市は、2022年よりIPOを目指すための人材獲得を補助する事業を開始。イグジットを目指せる環境がなければ、つくば市同様、有力企業の東京への流出も考えられます。立ち上げから成長へと支援のステージを拡大させることが、起業支援の鍵を握っています。

埼玉県横瀬町 小さなまちから未来をひらく

スタートアップといえば都市部というイメージがあるかもしれませんが、人口の少ない小さな街でもスタートアップ支援の取り組みが進んでいます。その一例が、埼玉県横瀬町です。人口約8200人、消滅可能性都市に該当する小さな自治体ながらも、「新しいプロジェクトの実験場」として多くのスタートアップを呼び寄せる注目の街です。

横瀬町に限らず人口の少ない街は、少子高齢化や人口流出、インフラの老朽化、教育環境整備などさまざまな社会課題を抱えています。そういった具体的な課題を解決するために行政がスタートアップを支援するケースは少なくありません。

しかし横瀬町は、まったく異なる入り口からスタートアップの誘致を始めました。「官の課題ありきではなく民のプロジェクトありき」で、官民連携プラットフォーム「よこらぼ」を立ち上げたのです。

「よこらぼ」は「横瀬町とコラボする研究所」。スタートアップをはじめとする民間企業や個人によるさまざまなプロジェクトを、街ぐるみで支援する取り組みです。新しくサービスやプロダクトなどを立ち上げようとする人に対して、実証実験のフィールドとして横瀬町の環境を提供します。

さらに行政のスタートアップ支援といえば資金援助が多いところ、横瀬町が提供するのは原則として遊休資産や役場職員・町民のリソースのみ。補助金というわかりやすいメリットではなく、職員が汗を流すことで民間の取り組みをサポートしているのです。

もう一つの大きな特徴は、支援までのスピードです。「よこらぼ」では毎月審査をおこない、審査の当日〜10日程度で結果を通知最短1か月強でプロジェクトをスタートできるスピード感は、行政の取り組みとして極めて異例といえるでしょう。

もともと大企業や医師会のような組織がなくしがらみや利害の対立が発生しない環境で、街の人々のサポートを受けながら、スタートアップは自分たちの構想を存分に実験することができます。5年間で100件以上ものプロジェクトが採択され、スタートアップはもちろん、NTTデータのような大企業も横瀬町で実証実験に取り組んでいます。

「よこらぼ」の取り組みを始めたことでメディア露出が増え、横瀬町の知名度向上につながっているとのこと。若い人々や発信力のあるクリエイターも多く集まり、町内の中学生らが横瀬町の課題解決に挑むクリエイティブソンも開催されるなど、活性化の好循環が生まれているそうです。

起業家支援の実効性が問われる時代に

紹介した4つの自治体は、規模も支援のステージも異なります。しかし、起業家の視点で支援をおこなうために、制度を細やかに設計している点では共通しています。

同じような相談窓口をもつ小さな自治体は数多くあれども、横瀬町のようにスピーディーに対応できる自治体は多くないでしょう。福岡市のように、まずは開業率、次はイグジットと明確に課題を設定できている自治体も少ないはずです。渋谷区やつくば市のように、コンテンツや研究といった独自の強みを打ち出すことも必要です。

自治体によるスタートアップ支援は、闇雲に支援メニューを拡充する段階から、徹底的に起業家の目線に立って、わかりやすく、使いやすい制度を設計・運用する段階へと移ってきているのではないでしょうか。

連載:ゆるい課題ラボ
会社組織には短中期的にやらなければならないことがたくさんある一方で、長期的な視点で検討したり、知見やネットワークを蓄積したりと、着実に取り組んでおきたい課題もあります。本連載では、そんな「ゆるい課題」を編集部がリサーチし、その成果を記事として社内外に共有していきます。

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