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医療ツーリズムで変わる観光の新しい姿:羽田空港から伊豆まで

訪日観光客の回復が進むなかで、先進的な医療を受けることを目的に海外を訪ねる「医療ツーリズム」の需要が高まっています。

医療ツーリズムは高額な自由診療が前提になることから、ターゲットは富裕層が中心。さらに滞在期間も長くなるため、観光へのインパクトも大きいとされます。

歴史を振り返れば、日本には湯治文化に見られるように、心と身体を癒すウェルネスツーリズムが古くから存在しています。こうした伝統をもつ温泉地でも、医療ツーリズムとの連動が模索されているようです。

本記事では、東京・羽田空港、鹿児島・指宿、大阪・扇町、静岡・伊豆の4つの地域を通じて、日本の医療ツーリズムの状況をリポートします。

[東京・羽田空港]日本の玄関口に次世代医療を

日本の玄関口・羽田空港。同空港に隣接する大規模複合施設「HANEDA INNOVATION CITY」(2023年11月オープン予定)内に、愛知県を本拠とする藤田医科大学による次世代医療・研究の拠点「藤田医科大学東京 先端医療研究センター」が開設されます。

国際空港のすぐ近くで先端医療を受けれられる。そんなコンセプトで、再生医療やがんゲノム医療、不妊治療、最先端のリハビリテーションなど、自由診療を中心に高度な医療を提供します。また、中国語や英語など多言語に対応可能な通訳も配備し、さまざまな地域の患者にも対応。3年後には海外からの患者を年間6,000人程度見込むといいます。

さらに、HANEDA INNOVATION CITYでは医療機器メーカーをはじめ、関連企業もラボを立ち上げ。医療ツーリズムによって最先端の臨床の場を確保しつつ、次世代医療や創薬にも取り組むことで、国際的な研究拠点化を目指します。近隣の川崎市にもライフサイエンス系の企業が集積しているため、エリア全体のイノベーションにも期待が集まっています。

[鹿児島・指宿]がん治療をリゾート地で

薩摩半島の最南端にある指宿市。古来より湯治場であったこの地域の丘の上、103万坪の広大な敷地の中に「メディポリス国際陽子線治療センター」はあります。この施設の最大の特徴は、「リゾート滞在型がん治療施設」であること。「リゾート」と「がん治療」は遠く離れたものであるという印象がありますが、どういうことでしょうか。

メディポリス国際陽子線治療センターでは、その名の通りがんの陽子線治療を提供しています。陽子線治療は放射線治療の一つで、がん細胞のみを狙い撃ちできるため、体への負担が少ないのが特長とされます。近年日本では公的保険の適用範囲が拡大され、保険適用によって経済的負担を軽減できるケースが増えました。

陽子線治療は1日1回、位置合わせなどを含めて15〜30分程度の治療を数回〜20数回程度集中して行うのが一般的です。入院は不要ですが、3~5週間ほど続けて通院する必要があり、自宅の近くに治療施設がない場合には負担になりがちです。

メディポリス国際陽子線治療センターは、この課題を「リゾート」で解決。治療期間中、敷地内のリゾートホテル「指宿ベイヒルズHOTEL&SPA」をはじめとする近隣の宿泊施設に患者が滞在できる仕組みを整備し、「リゾートを楽しみながらがんを治療する」という選択肢を提供しています。

実はこのメディポリス国際陽子線治療センター、巨額の赤字を抱えて閉鎖された年金保養施設「グリーンピア指宿」の跡地を再開発してつくられました。指宿ベイヒルズHOTEL&SPAもグリーンピア指宿の宿泊施設を30億円以上かけてスケルトンリフォームしたものです(出典)。温泉スパ施設、運動施設、森林遊歩道などが整備され、がん患者のQOL向上に寄与しています。

リゾート地としてのポテンシャルと、5800件以上の治療実績が語る質の高い医療。このコンビネーションを海外からのメディカルツーリズム誘致につなげようと、米国団体による国際認証JCIの取得や、外国人医師・スタッフの雇用、各国医療機関との連携に積極的に取り組んでいます。世界から患者が集まり、新たな雇用も生み出しているメディポリス国際陽子線治療センター。地域経済活性化の一つの形として、参考になる事例です。

[大阪・扇町]万博を機に医療ツーリズムを開拓

大阪駅から徒歩14分、もとは大阪市の市有地だった「もと扇町庁舎用地」及び「もと扇町庁舎南側用地」で、国際医療・文化創造・交流促進という3つの機能で構成される複合施設「i-Mall(アイモール)」の開発が進んでいます。

劇場「扇町ミュージアムキューブ」や英語保育施設、無人決済コンビニ、24時間利用可能なフィットネスなど多様な施設を内包するこのビルの上層階で、2023年10月に開業を予定しているのが「医誠会国際総合病院」です。

560床を有する同院は、GMPグレード(治験薬を製造する際に遵守すべきガイドライン)に準拠した210坪の細胞培養加工施設を併設し、がん治療・がん免疫細胞治療・再生医療・ゲノム医療などの先進・先制医療を提供します。

その他、メディカルツーリズムにおいて人気が高い健康診断メニューはもちろん、市内に5箇所ある透析クリニックとの連携による透析サポートや、宿泊ホテルとの連携による急病発生時の救急搬送など、旅行中の人に向けた医療サービスも充実させているのが特徴。各地から大阪を訪れる人々の幅広いニーズに応える医療施設となりそうです。

かねてから大阪市はスーパーシティ構想の一大トピックとして、国籍や場所に関わらず最先端の医療サービスが受けられる「先端国際医療の提供」を掲げてきました。さらに「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに開催される「2025大阪・関西万博」を控え、メディカルツーリズム需要への期待はいっそう高まっています。

大阪府の吉村知事は、閉幕後の万博パビリオン跡地を国際医療拠点にする方針も打ち出しています。万博を経て、大阪がメディカルツーリズムの聖地となるか、注目が集まります。

[静岡・伊豆]湯治文化を現代にアップデート

源泉数2000をもつ全国でも有数の温泉地・静岡県では、「伊豆ヘルスケア温泉イノベーションプロジェクト」が展開されています。

同プロジェクトは、伊豆半島の温泉を中心に、食や運動を組み合わせたヘルスケア産業の創出を目指すものです。2022年には、プロスポーツチームを誘致しての合宿プランの開発や温泉でのワーケーションといった事業を実施。

温泉宿・AWA Nishi-Izuでは、メディカルシェフによる発酵をテーマにした料理を提供。さらにスマートウォッチによる健康の見える化、ヨガやサイクリングといったアクティビティも用意しています。温泉地に滞留して心身を癒す湯治文化をアップデートする取り組みだと言えるでしょう。

連載:ゆるい課題ラボ
会社組織には短中期的にやらなければならないことがたくさんある一方で、長期的な視点で検討したり、知見やネットワークを蓄積したりと、着実に取り組んでおきたい課題もあります。本連載では、そんな「ゆるい課題」を編集部がリサーチし、その成果を記事として社内外に共有していきます。

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