最高級のイタリアンを、とことんラフに。お客様と一緒に冒険するイタリアンシェフの「はじめの一歩」
東京・赤坂みすじ通り。カフェ、レストラン、スナックなど、様々な飲食店がひしめき合うこの一帯で、今年4月、新たなお店がスタートします。オープンするのはイタリアンレストラン&ワインバー「CAMMINARE AKASAKA(カンミナーレ赤坂)」です。メニューの構想から調理・サーブまでを担うのはシェフの溝尾歩氏。これまでに「カノビアーノTOKYO」や「SOPRA ACQUA(神楽坂)」「Ristorante Mosto(イタリア)」など、国内外のリストランテで経験を積んできました。
もともとこの場所では、老舗「炭焼き 赤坂 雷や」が40年ほど店を営んでいました。老夫婦が切り盛りするカウンター7席、4人がけのテーブル席が2卓の小さなお店だった「雷や」は、「知る人ぞ知る店」、「教えたくない店」として馴染み客に愛されてきた名店。長年にわたり、赤坂で働く人たちの昼と夜を支えてきました。しかし2021年4月、惜しまれつつも、ひっそりとその歴史に幕を下ろしました。
「CAMMINARE AKASAKA(カンミナーレ赤坂)」は、この場所でどのようなストーリーを紡いでいくのでしょうか。溝尾シェフの目指すお店について、お話を伺いました。
とことん居心地のいい“サードプレイス”
──「CAMMINARE AKASAKA」について教えてください。
最高級のイタリアンを、とことんラフに楽しめて、ちょっとした冒険もできるお店です。イタリア料理の最高級であるリストランテと、バルや大衆居酒屋のようなカジュアルさをいいとこ取りした感じですね。お食事(食材やワイン)やお皿、カトラリーなどは高級店と同じすごく良いものだけど、雰囲気は思いきりカジュアルで、ワイワイ楽しめるお店を目指しています。以前の「雷や」さんのカウンターを引き継ぎ、カウンター6席、テーブル席1つの小さなお店です。広い店内ではないからこそ、お客様との距離感を大事にしたいと思っています。
これまで海外も含めて、いろんなタイプのお店で働いてきました。コースが数万円する高級リストランテから、一皿数百円のバルまで。バルでよく見る風景ですが、マスターと盛り上がって一緒に乾杯したり、隣のお客さん同士が話し始めたりすることがありますよね。でも、テーブルセットがあってコースを提供するような高級店では、そういったカジュアルな雰囲気を楽しめません。
だから、これまでの常識にとらわれずに、こだわりの料理やワインを出しながらも、たくさんの会話と笑い声が飛び交う、そんなとことん居心地のいい店をつくろうと思いました。かしこまって食事をするような肩肘張った雰囲気ではなく、職場でも自宅でもない第三の居心地のいい場所、サードプレイスのようなイメージです。
お客様と距離が近いからこそ、新しい関係が生まれる。冒険もできる。
──お客様との距離感とは、どういったことなのでしょうか?
小さなお店だからこそ、お客さんと手の届く距離にいることを強みにしたいという意味です。お料理もワインもお客様とのコミュニケーションの一つの手段ですからね。たとえば、もしお客様が左利きであれば、当然食べやすさを考えると盛り付けも変わります。お客様が目の前にいるからこそ、気がついてできるおもてなしがあるので、目の前のお客様を大事に、一人ひとりにあった方法で対応していきたいです。
「CAMMINARE」では、イタリアワインだけでなく、フランス、アメリカ、オーストラリアなど海外の様々なワインから、国産ワイン、そして最近注目されているオーガニックワインまで幅広くご用意していますので、お客様のニーズに合わせて様々なご提案をすることができます。
ワイン一つとっても、お客様と様々なコミュニケーションが生まれ、たくさんの発見ができると思っています。カウンターだと、お客様の会話が聞こえてきますよね。もし旅行で訪れた先について話していたら、それをヒントに関連するワインを提案することも気軽にできます。言ってみれば、お客様と一緒に新しい「食の冒険」ができるのです。
──「冒険」とは、どういったことなのでしょうか?
料理の楽しみ方に正解は無いので、それぞれの感性や経験を話しながら、一緒にたくさんの新しい発見をしていきたいということです。お客様の声を聞いているうちに自分も知らないワインに出会い、一緒に抜栓して飲み比べたり、これまでのペアリングの常識からは考えられないようなお料理とワインの新しい組み合わせを試したり。そんな冒険をお客様とともにしたいですね。
ほかにも、食材の「色」に合わせてワインも「色」を合わせる、前菜からメインまでロゼカラーでロゼワインのペアリングするなど、とても面白いと思います。食材も産地や時期により肉の色も変わるように、ワインも産地や造り方により多種多様ですから。ロゼカラーでペアリングする場合、メインは兵庫県丹波篠山の鹿がいいですね。実は、鹿は産地によって肉の赤みが違うんです。もちろん個体差はありますが、北海道の蝦夷鹿は濃い赤色で、兵庫県丹波篠山の鹿は淡いピンク色をしています。
カウンターで近い距離感だからこそ、お客様と一緒に飲み比べしながら、お互い新しい発見になるようなやりとりができたら最高ですね。そして、そういったやりとりを通じて、自分自身も成長していきたいなと思っています。
イタリアの高級店で気がついた、お客様の本当の目的
── なぜお客様とのコミュニケーションを大事にされているのでしょうか
これまでの料理人としての経験を通じて気が付いたことがあるんです。それは、お客様は料理の味や店の雰囲気を求めるだけではなくて、その料理やワインに込められた物語やお店の雰囲気をきっかけとして、会話を楽しみたいんだということです。私自身も、自分の提供する料理やワインをきっかけとして、お客様が楽しく時間を過ごせる様な空間を提供したいんだなと。
とくに影響を受けたのは、イタリアで勤めたリストランテです。そのお店はいわゆる高級店と呼ばれるお店だったんですけど、店内は驚くほどリラックスした雰囲気が漂っているんです。どうしてこんなにお店全体にやわらかいムードが生まれるんだろうと考えていたのですが、オープンキッチンで料理人とお客様の距離が近かったからなのだと気がつきました。ですから、「CAMMINARE」でもできるだけお客様との距離が近いオープンキッチンを採用することにしました。
──お料理についても教えてください。
基本は、日本の四季を感じられるイタリアンのコース料理を考えています。内容は、イタリア料理の既成概念にとらわれない新しい発想で、「CAMMINARE」でしか味わえないお料理を提供します。私の地元の千葉県産食材などを使い、イタリアの地元の人だけが知っているような郷土料理を表現していきたいと思っています。ペアリングもおすすめです。お料理とワインの新たな出会い、そしてそれらが紡ぎ出す多彩な物語を、ぜひ存分に味わって欲しいですね。
ほかにも、これまでの料理人人生でやったことのない、新しい試みをしたいと思っています。たとえば、コース編成の常識を打ち破るのも面白そうですね。前菜からデザートまでの定番の流れや、一般的な品数にとらわれず、自分にしかできない表現に挑んでいきたいです。イタリアでの知識や経験、日本で農家さんの畑を訪問して見聞きしたことを、お料理とともにお伝えし、一緒に楽しんでいただきたいと考えています。
前店舗「雷や」から引き継いだカウンター
──なぜ、この場所(「雷や」の跡地」)を選んだのでしょうか?
理想のお店をつくるためには、会話のきっかけとなるような「面白い」お料理やワインを提供するだけでなく、それを活かす空間が必要でした。オープンキッチンとカウンターのある物件を探す中で出会ったのがこの場所です。初めて訪れた時に、カウンターを中心とした小さな店の作りに、ピンとくるものがあったんです。ここでなら、自分の目指すお店が実現できそうだと思いました。
「雷や」さんのカウンター席は一般的な店舗よりも狭い造りになっていて、お客様と調理場の距離がとても近いのが特徴です。僕自身は「雷や」さんを訪れたことは無いのですが、このカウンターを見たときに、すぐそこにご主人が立って料理をしながら、「この料理は仕込みが大変だけど、人気なんだよ」「○○さんがよくこれを頼んでね」などとお客様と会話を楽しんでいる様子がありありと目に浮かびました。使い込まれた食器や設備にもお店の歴史を感じ、40年も続いてきたことの重みを実感したのを覚えています。
──「雷や」のカウンターを、「CAMMINARE AKASAKA」でも引き継いだ理由は?
赤坂で40年もお店を続けるというのは、本当に大変なことです。私も料理人として、その大変さが本当によくわかります。もともとカウンターのあるお店を目指していたのもありますが、それだけでなく、ただただ、この場所が、「雷やさんだった」という事実をどうしても残したい、と思ったんです。カウンターの他にも、お店の看板なども「雷や」さんで使われていたものをベースとしています。
──「CAMMINARE(カンミナーレ)」とはどういう意味でしょうか?
店名の「CAMMINARE(カンミナーレ)」には2つの意味があります。一つは、この地で40年お店を続けてこられた「雷や」への敬意を込めて。そしてもう一つの意味が、私の名前「歩(あゆむ)」にちなんでいます。「CAMMINARE」とはイタリア語で、「歩む」という意味なんです。「雷や」の名前の響きと、イタリア料理をやっている私の名前のイタリア語に通じるところがあり、そういった点も強くご縁を感じました。今回お店をオープンするにあたり、ご主人からもメッセージをいただき、大変ありがたく思っています。
「雷や」さんの積み上げてきたものを引き継ぐ気持ちで新たなスタートを切り、心が折れそうになったらこのカウンターを眺めて自分を鼓舞し、過信するようなことがあったらこのカウンターを眺めて自分を諌める。そうやって、私も「雷や」さんのように長く愛される店づくりをしていきたいと思っています。
常識を打ち破り、赤坂の街に新たな歴史を。
──コロナによって飲食業界は厳しい局面にあると思いますが、なぜこのタイミングでお店をオープンしようと思ったのでしょうか?
このような時代だからこそ、安心して人と人がつながり、直接会って話せる場所を提供する必要があると思っています。コロナによって大勢が一度に集まる食事会は難しいかもしれない。でも、親しい人たちが少ない人数で楽しめる場は、これまで以上に求められるのではないかと感じています。お店として、一人ひとりのお客様としっかり向き合っていきますので、人それぞれの要望などにも柔軟にお応えし、安心して過ごしていただける環境をつくっていきます。
── 改めて、今後の展望を教えてください。
高級店にも引けを取らないイタリアンのコースを提供しながら、コミュニケーションを大事にするとことん居心地のいいお店を目指しています。そしてお客様が、この店でくつろぎや楽しみ、ちょっとした冒険を体験できるようにしたいです。これまでの常識にとらわれない「CAMMINARE」ならではの挑戦を続けていきたいと思います。
ゆくゆくは、「雷や」さんが何十年もそうされてきたように、赤坂の街やそこで働く人たちに愛される存在になっていけると嬉しいですね。お馴染みさんが、「お疲れさま」や「ただいま」って立ち寄れるお店でありたいです。
そういえば、この店舗の隣はたまたま、私の先輩が切り盛りしているお店なんです。お客様だけでなく、そういった人とのつながり、街とのつながりの中で、「CAMMINARE」をより良いお店へと成長させていきたいですね。