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高専発スタートアップ、5つの事例──技術者教育と起業の関係

Gunosy共同創業者の関喜史氏とヤフーCTOの藤門千明氏、コロプラ代表の馬場功淳氏。日本のITベンチャーをリードする3人にみられる共通点をご存知でしょうか。それは「高等専門学校」の卒業生であるということです。しかし、いったいどのような種類の学校なのか知っている人はそれほど多くはないのではないでしょうか。

これまで高い技術力をもつエンジニアを多数社会に送り出してきた高等専門学校、通称"高専"。日本全国に58校ある高専は、実践的な技術者教育によって産業界から総じて高い評価を得てきました。就職活動でもそのブランドは強力です。

高専への評価は国外にも及びます。中学卒業後からすぐエンジニアとしてのスキルを学ぶ教育は世界的にも稀で、近年では、海外にそのシステムを輸出する動きもあるのです。国立高等専門学校機構は、国内の高専における留学生の受け入れとともに、モンゴルやタイ、ベトナムといったアジアの国々で「KOSEN」モデルの普及をおこなっています。特にタイでは、実際に2校の高専が設立されました。

近年では、国内でも注目の動きがあります。それは在学中の高専生による起業です。高い専門性をいかし、仲間とともに事業を立ち上げる高専生が珍しくなくなりつつあるのです。こうした動きをさらに推し進めるように、文科省も「高専スタートアップ教育環境整備事業」を展開。起業をはじめ新しい活動にチャレンジできる工房を校内に整備したり、スタートアップ人材の育成に取り組んだりするための支援を開始しています。

そこで本記事では、高専発の起業やそうした取り組みの支援にかんする事例を5つ紹介します。事例を通じて、高専発の起業における共通点や注目ポイントを探ってみたいと思います。

点字と文書を相互に自動翻訳する人工知能の開発(東京高専)

2021年に東京高専の在学生によって設立された同高専初のベンチャー、TAKAO AI 株式会社。「技術で人々の情報格差をなくす」ことを理念に掲げる同社は、人工知能を活用し、画像入力した文書を自動で点字に翻訳したり、反対に点字を文書に翻訳するサービス「:::doc(てんどっく)」を開発しています。

東京高専のリリースによれば、TAKAO AI社は創業に至るまでに高専プログラムコンテストの最優秀賞・文部科学大臣賞や、高専ディープラーニングコンテスト(DCON)の最優秀賞を受賞するなど、立ち上げメンバーが情報技術分野の高専生のなかで目覚ましい実績を挙げていました。創業後も、東京都文京区が今年度実施している「文京共創フィールドプロジェクト(B+) 行政連携サポート」に採択されるなど事業を活発に展開しています。

また、個人開発のAIアプリケーションマーケットプレイス「Yatai」もリリース。Yataiは同社の点字翻訳ソリューションのように、人工知能の活用によって課題解決につながるものの、ニッチな領域であるためにサステイナブルな運営が難しいサービスのマネタイズプラットフォーム。自社だけではなく、個人開発者をはじめとする小規模事業者が社会課題にチャレンジしやすい環境の整備にも取り組んでいます。

高専発ロボベンチャー、高専起業コミュニティも運営(北九州高専)

北九州高専が高専内ベンチャー「合同会社Next Technology」を設立したのは、2012年のこと。『月刊高専』の記事によると、起業に興味があるという教員の話をきっかけに、研究室の学生が「物を売ってみたい」と盛り上がり、学生たちが共同代表になる形で会社設立に至ったそうです。`

「やってみたいを形に」をモットーに、ロボットやIoTデバイスの開発を進めている同社。アイデアの実現を目指すクライアント向けにPoC開発を手掛けながら、ユニークなオリジナルプロダクトの制作にも励んでいます。

中でも、人の足の臭いを嗅ぐぬいぐるみ型ロボット「におい計測ロボットはなちゃん」は、「月曜から夜ふかし」などメディアでも話題になり、同社を一躍有名にしました。こういった愉快な取り組みが、他社との真面目な共同研究に発展しているとのこと。オムロンやさくらインターネットなど有名企業とのタッグも実現しています。

さらに同社は、高専生の起業コミュニティー「高専起業部」の立ち上げ・運営を担っているほか、北九州市のビジネス創出プロジェクト「IoT Maker’s Project」にメンターとして参加するなど、新しいものづくりビジネスの輪を広げる活動にも積極的に取り組み、アイデアを形にする場を広げています。

サテライトオフィス併設、卒業生によるスタートアップも(苫小牧高専)

「商工会議所のビル内に高専のサテライトオフィスがあり、中小企業の相談を受けている」。そんな地域密着型のスタイルが苫小牧高専です。

苫小牧高専の「C-base」は起業や商品開発、生産性向上といったビジネス課題を気軽に相談できる窓口で、苫小牧市・苫小牧商工会議所とタッグを組んで設置・運用されています。自分たちの技術をビジネスに活かし、社会に役立てる。そうした流れが自然に身につく環境ではないでしょうか。

このような風土で育った苫小牧高専の卒業生たちの中には、自らスタートアップを立ち上げる人もいます。たとえば、小売需要の予測サービスを中心にAI事業を展開する「株式会社Liaro」の代表取締役も苫小牧高専出身で、「ITの技術を基礎から徹底的にたたき込まれた」高専時代がエンジニアの原点だと語ります。

アプリ分析プラットフォーム「App Ape」などを展開する「フラー株式会社」は、苫小牧高専の卒業生が長岡高専など他高専の卒業生メンバーとともに立ち上げたスタートアップ。同社は2021年、苫小牧高専との包括連携協定を締結し、アントレプレナーシップ教育や研究協力、地域創生などに取り組んでいます。

新しい水素精製システムの実用化、環境問題解決を目指す(大分高専)

「株式会社ハイドロネクスト」は、大分高専の教授が開発した水素精製技術の実用化を目指して2015年に創業したスタートアップです。

同社のウェブサイトによれば、不純物の多い混合ガスから純度が限りなく100%に近い水素を1回の工程で取り出せる手法を確立しているといいます。その特徴は、原子の「ふるい」として使われる金属膜の素材。ハイドロネクストが用いる「バナジウム」は、従来の素材「パラジウム」に比べて水素透過性能が約10倍あるにも関わらず、コストはなんと約1/1000で済むそうです。

精製コストの高さが次世代エネルギー源としての水素の活用を阻害している中、同社の技術が実用化すれば、水素がカーボンフリーなエネルギーの選択肢となりえるかもしれません。すでに2022年、環境省と清水建設の共同プロジェクトに同社の水素精製技術が採用され、5年後の商用化を目指している最中です。

大分高専の学生たちも同社の取り組みに興味を持ち、共同研究という形でプロジェクトを進めています。2021年には高専の校舎内に、同校初となる「協働研究室」が設置され、いっそう密な連携のもとで研究を前に進めています。

起業特化型の新しい高専が誕生(神山まるごと高専)

2023年春、19年ぶりに新たな高専「神山まるごと高専」が開校しました。テクノロジー × デザイン × 起業家精神を掲げる同高専は、著名な起業家を数多く講師に迎え、さらにコクヨやSONYといった企業とも連携しながら取り組むカリキュラムで全国的に注目されています。

所在地の徳島県・神山町は、町内全域に光ファイバーが敷設され、ITを中心にさまざまな企業がサテライトオフィスを構えていることでも知られています。自然豊かな環境に囲まれつつ、多くの企業人と交流しながら起業を目指す。神山まるごと高専は、同町ならではのユニークな方法で技術者教育の新しいありかたを提案していると言えるでしょう。

──以上、5つの事例をみてきました。じつは高専は、全国の42都道府県に存在します。そこでの起業には、各地域の特色が反映されていることも少なくありません。また、社会課題の解決を謳う事業も多く見られます

高専から生まれる新しいビジネスは、その技術力もさることながら、掲げるビジョンや周辺のエコシステムも含めて期待が集まっていくのではないでしょうか。

連載:ゆるい課題ラボ
会社組織には短中期的にやらなければならないことがたくさんある一方で、長期的な視点で検討したり、知見やネットワークを蓄積したりと、着実に取り組んでおきたい課題もあります。本連載では、そうした中長期的なトピックをSDhの編集部がリサーチ、その成果を記事として社内外に共有します。

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