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同人と商業を横断し、ファンコミュニティを育てる──『かわいいウルフ』編著・小澤みゆき氏に聴く

いま「広報」が変わりつつある。
まず、広報を担う主体の変化。現場の担当者が動画やSNSで自ら情報発信を行うようになったり、ユーザーコミュニティがメディア以上の影響力を持つようになったり。そして、PRパーソンに求められるスキルの変化。コミュニケーションを手がけるだけでなく、事業成長に伴走し、ときには社会課題に対してジャーナリズムのような手法でアプローチすることまで求められる。企業や組織の重要な情報を、メディアや記者に正確に届ける仕事の重要性は変わらないが、それ以上のものが期待されるようになった。
このような状況のなかで、本連載「新しいPRを探して」では、いわゆるPRパーソンだけでなく、さまざまな立場から「パブリック・リレーションズ」にかかわる人物にインタビューを行い、これからのコミュニケーションを考える。

「新しいPRを探して」第1回では、20世紀前半のイギリスの作家ヴァージニア・ウルフを取り上げたファンブック「かわいいウルフ」を2019年に自費出版し、文芸系の同人誌としては異例の1000部を売り上げた小澤みゆき氏へのインタビューをお届けする。同書は新たなコンテンツを拡充し、今年3月に亜紀書房から商業誌としても出版。売れ行きは好調だという。

同人誌版「かわいいウルフ」では、編集・執筆はもちろん、デザインから広報までをほとんど独力で行い、ツイッターを中心にヴァージニア・ウルフを愛好する読者コミュニティをつくりあげた。こうした小澤氏自身の活動スタイルにも注目が集まっている。

本インタビューでは、2016年から始めたという同人活動初期から現在進行中のプロジェクトまで話を伺った。文芸ジャンルにおいて、同人と商業、制作と広報を絶えず行き来する小澤氏の活動から、新しいPRのあり方を探る。

(取材:瀬下翔太、構成:仲山遥那)

小澤みゆき(おざわ・みゆき)さん
1988年生まれ。会社員。2016年より同人活動をはじめる。2020年には出版プロジェクト「海響舎(かいきょうしゃ)」を立ち上げ、文芸同人誌『海響一号 大恋愛』を発表。ほか、『新潮』『文學界』『しししし』『Rhetorica#03』といった雑誌にエッセイ/書評/コラム等を執筆している。

「無風」の同人活動から「かわいいウルフ」まで

──まず「かわいいウルフ」はどのような書籍か改めて教えてください。

「かわいいウルフ」は、ヴァージニア・ウルフのファンブックです。いわゆる研究書でもなければ、彼女の小説をオマージュした二次創作の合同誌でもありません。本の内容は、前半に自分で書いたウルフの作品紹介があり、後半にいろいろな人に書いてもらったウルフの感想文が並んでいます。

こういう本をつくったのは、自分の好きな作家をいろいろな人に読んでもらいたいという個人的な動機によるものです。最初は企画という名のもとに、これまでウルフを知らなかった友達に作品を読んでもらって感想を募ることから始めました。完全に同人ノリですよね。

──もともと同人活動はしていたのですか?

そうですね。2016年に自分の書いた短編小説を自費出版しました。周りに同人誌やリトルプレスをつくっている人がいたので、本の作り方や進行についてはなんとなくイメージがありました。自分にもできるはずだという謎の自信があったのですが、文学フリマという即売会で50部ほどしか売れませんでした。思った以上に無風でしたね。そこで「作っただけでは読まれない」と痛感しました。

まずファンコミュニティに届ける

──短編集がなかなか売れなかった体験を踏まえて、「かわいいウルフ」では、どのようにPR活動を展開したのでしょうか。

基本的にはSNSというか、ツイッターですね。当時はほかに活動をやっていたわけでもなく、ヴァージニア・ウルフのファンブックというコンセプトがはたして伝わるのかも不安でした。文学フリマを見ても、友田とんさん主宰の出版レーベル「代わりに読む人」や、独立系書店の双子のライオン堂が刊行する文芸誌『しししし』など一部には同じ方向を向いているかなと感じられる事例もありましたが、あまり似たようなものがない。そのため、まずは積極的に発信する必要があると考えていました。

ただ闇雲に発信していても伝わらないので、いくつか計画を立てました。私は熱心な海外文学好きは日本でだいたい3000人くらいかなと思っていまして。まずはこの人たちに届けたいなと考えて、ウルフの名前で検索したり、英文学好きの人をツイッターでフォローしたり(笑)。3000人に情報を届けるのであれば、地道な動きも効果的だろうと思ってやりました。

次に、コアな文学好き以外にも届けたかったのでいろいろ企画を練りました。先ほどお話したいわゆる文学ファン以外にも感想文をお願いするというアイデアもそのひとつです。実際、ウルフの作品『オーランドー』のボリウッド版を妄想する記事をボリウッド好きの友人・ヨリタムさんが書いてくだったことで、ボリウッド好きの方が「かわいいウルフ」を買ってくれました。別の領域で熱心に活動する人を巻き込むと、本の受容に広がりが生まれますよね

──PRの効果を感じたのは、どのタイミングですか?

予約注文を受け始めたときですかね。思ったより全然伸びて、告知してから3日で300部の予約があって。当初は全部で150部から300部くらい刷る予定だったので驚きました。

ちなみに、部数も最初は決めていなかったんですよ。予約の反応を見て500部刷り、それから文学フリマを経てさらにもう500部刷ると決めました。結果的に半年で1000部すべて売り切りました。

PRも制作の一部

──PRに用いた媒体はツイッターだけですか?

ほとんどそうですが、ほかにランディングページを自分でつくったり、ウェブメディアや雑誌にプレスリリースを打ったりもしました。ランディングページは本気感が出るので重要ですね。大学でHTMLやCSSを勉強していたことがあるので、コーディングはなんとかなりました。

逆にプレスリリースはダメでした。自分が無名だったからか、全然効果がなくて。ただ、本が出たあと文芸誌に寄稿したので、それは知ってもらうきっかけになったと思います。

ほかにウェブ広告も手段として考えていましたが、本作りに投じるコストを重視して断念しました。印刷や装丁にお金をかけたかったのです。

──すると、本をつくりながらご自身のツイッターでPRをしていったわけですよね。

そうですね。「制作しながら販促を進める」とあらかじめ決めていました。「かわいいウルフ」は、私個人にとっては20代の総括としての側面もあって、自分が考えてきたことをまとめる大事な本にしたいし、出版をきっかけにいろいろな人に出会いたかった。最初の同人誌ではつくることで精一杯でPRには手が回りませんでしたが、今回は絶対に売りたかったのです。

それにひとりでやるって、ある意味では気楽なんです。もし会議体やチームがあったら何日かかかってしまうことでも、ひとりだったら一日で終わります──もちろん、完全にすべてをひとりでやったわけではありません。多くの著者の方をはじめ、ランディングページのサーバーを管理してくれたり、校正を手伝ってくれたり、アイデア出しを手伝ってくれた友人があってこそできたこともたくさんあります。

また、PRも広い意味でつくることだという考えもありました。一般的な商業出版では営業部と編集部が分かれているそうですが、当時はそんなことも知りませんでした。私は飽き性なので、制作をやって飽きたらPRをして、また制作に戻ってという繰り返しが自分に合っていたのだと思います。

「mixiのコミュ主」になる

──小澤さんはいわゆる公式アカウントはつくらず、もともと使っていた自身のアカウントで発信を続けていましたよね。それはどうしてですか?

深く考えていたわけではありませんが、「生産者の顔が見える」というイメージにしたかったんです。顔が見えると、公式アカウントよりも読者の方々とあたたかいコミュニケーションができますよね。発信も生っぽくなりますし。

その代わり、自分のアカウントだと、どうしても私自身が前に出るような感じになります。それはあまり望んだことではないというか、本が売れて、本にファンがついてほしいという意識が強かったので、気をつけるようにしていました。

その思いもあってか、読者のなかには私以上に宣伝してくださる方もいて、本当に嬉しかったです。いろいろな人が感想を書いている本なので、読んで自分もウルフについて語りたいと思ってくださったのではないでしょうか。編者や著者から離れて、読んだ人の本になったというか。言ってみれば、私はヴァージニア・ウルフという作家に関する、開かれたmixiコミュニティのコミュ主なんですよね。

これは私自身の力というより、時代的なものが大きいというか、フェミニズムやジェンダーといった視点からの再評価が続くウルフの作品の力だと思います。というのも、次につくった本「大恋愛」のときには、それほど部数が出ていないからです。ウルフという大きな存在なしに文芸同人誌をつくることの難しさを感じました。

──なるほど。あくまでヴァージニア・ウルフの「コミュ主」としての発信が有効だったということでしょうか。

難しいところです。少なくとも、私自身がウルフの大ファンだったからこそできた発信と、そうでない発信とには違いがあると思います。ファンブックのPRということであれば、いろいろやりたいことが浮かびます。今回はできませんでしたが、寄稿してくれた人にウルフへの思いを一言インタビューして動画を出したり、ランディングページもウルフの素材をもっと使ったり──後者は著作権の関係で難しいのですが。ウェブで表現できるリッチコンテンツにもチャレンジしたかったですね。予算と時間があればもっとできます。

それから、「かわいいウルフ」とそのあと作った本の違いでいうと、出版業界の知識を制作やPRに反映したんですよね。そのおかげで中身や切り口が洗練されたと思いますが、PR的な視点で見ると、やや丸いものになってしまったかもしれません。

同人誌のPRと商業誌のPR

──同人誌として成功したあと、商業化に至った経緯を教えてください。

1000部売り切ったあとも欲しいという人がいて、増刷してくれないかと聞かれることがあったんですよね。でもコスト的に難しいと思ったので、出版社に持ち込んでみようと考えました。それでいくつかお話をいただいたのですが、ツイッターでDMをくださった亜紀書房さんから書籍化することになりました。

──商業誌『かわいいウルフ』になって、PRのあり方は変わりましたか。

編集の方や営業の方など、私以外の人が動いてくれるのでありがたかったですね。出版社の方々のおかげで書店に置かれ、今度は書店員の方がファンになってくださってPOPをつくってくれたり、フェアをやってくれたり、ご自身のツイッターでもつぶやいてくれたり。同人誌のときに置いてくださった書店や書店員の方が、直接私にDMして仕入れてくださることもありました。

本そのものについてもコンテンツを拡充しましたし、なによりブックデザインには大きな影響力があったと思います。同人誌版は自分でデザインをやっていたので、ここは絶対に変えたかった。名久井直子さんの素晴らしい装丁に変わって、本の魅力が増したと思います。

ただ、正直に言うと、同人誌のときより熱を入れてPRできていません。やっていることは同じですし、読者の方の受容も似ていると思うのですが、自分以外の人がいるとどう動いていいかわからないというか。エゴサしてRTするとか、できることはしていますが。同人誌では、制作のチームという意味でも、熱量という意味でも、アマチュアだからこそやれるPRがあると感じますね。

コミュニティを盛り上げること、内輪ノリに閉じないこと

──いまはふたたび同人誌に回帰して、新しいプロジェクトを進めていますよね。

「作家の手帖」というプロジェクトを始めました。「かわいいウルフ」をつくってから、どうやって同人誌を作成しているか聞かれることが増えたので、プロセスを紹介することに特化したZINEをつくろうというコンセプトです。

誌面で同人誌のつくり方を扱うのではなく、「作家の手帖」を予約購入すると、購入者限定のDiscordに入ることができて、そこに制作途中のプロセスがすべて流れてくるという仕組みをつくりました。GitHubという主にエンジニアが自分の書いたプログラムを公開するために使われるプラットフォームを使うことで、企画書から原稿まで、すべてのテキストの差分が追えます。

海外ではGitHubを使って文章をみんなで編集するといった事例がありますが、国内ではあまりやられていません。日本でいうと、作家の円城塔さんがGitHub上でインタビューを公開した例があるくらいではないでしょうか。これには大きな影響を受けました。

PR視点でどう出るかわかりませんが、最初から読者が見ているなかで制作を進めるというプロセスは、内輪に閉じすぎないという意味で面白いと思います。

──プロジェクトの今後を楽しみにしています。最後に、改めてご自身のPR活動において重要だと考えていることを教えてください。

内輪ノリと、外部を巻きこんで盛り上げることとのバランスです。コミュニティを盛り上げようとすると、どうしても身内ネタや内輪っぽい発信になりがちです。そうならないよう、ランディングページや同人誌の巻頭言ではしっかりとした言葉遣いをするし、ツイッターも状況に応じて真剣な書き込みをする。「コミュ主」としての自分と、真顔で語る自分の差を意識的につくることが大切だと思って発信しています。

それから、あくまで成果物を読んでもらうのだというスタンスを崩さないことでしょうか。応援してくれる人が増えても、私自身はこれまでと変わらず日常のこともつぶやきます。スクリーンネームに書名を載せたほうがいいのかなとか、いろいろ考えることはありますが、個人としてやりたいことだけやる。今後も私自身が有名になるのではなく、書籍やプロジェクトにファンがつくような発信を目指したいと思います。

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Story Design houseでは「意志あるところに道をつくる」をミッションとして、さまざまな企業のPR活動を支援しています。


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