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生活の隙間へ、誰かの心を動かす番組を届ける。 NHKエデュケーショナル・山中康祐さんインタビュー

YouTubeやNetflixなどの動画配信サービスが普及し、「テレビ離れ」は加速しています。放送局として長い歴史をもつNHKの制作現場は、番組を作り発信することについて、何を感じ、考えているのでしょうか。

『日曜美術館』、『おかあさんといっしょ』、『プロフェッショナル 仕事の流儀』といった番組制作に携わってきたNHKエデュケーショナルのディレクター・山中康祐さんにお話を伺いました。

山中康祐さん 1986年生まれ。大学卒業後、2010年に株式会社NHKエデュケーショナルに入社。ディレクターとして様々な番組制作に携わり、2020年9月からは『おかあさんといっしょ』のデスクを務める。

多様性のあるメディアとして

「NHKって不思議なメディアですよね」と話すのは、山中康祐さん。ディレクターとして『日曜美術館』や『美の壺』などを制作し、現在は『おかあさんといっしょ』のデスクを務めている。

「ユニークな演出の斬新な番組をつくれば『攻めてるね』と褒められるし、骨太な内容やシリアスなものをつくれば『さすがNHK』と言っていただける。どちらの方向性でも謎の“敷居の低さ”があるんですが、こうして相反する評価軸が何十年も共存しているのは、NHKが多様性のあるメディアだからなんだと思います」

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山中さんは、NHKの教育系番組制作を担う制作会社「NHKエデュケーショナル」に入社後、語学番組を制作する語学部での経験を経て、特集文化部に所属した。そこで初めて担当したのは『日曜美術館』。2015年には、同番組の特集『まど・みちおの秘密の絵』でATP賞(奨励新人賞)を受賞している。『SWITCHインタビュー 達人達』、『プロフェッショナル 仕事の流儀』などにも携わった。

民放局におけるADのような制度はなく、入社1年目からディレクターとして番組制作に携わった。語学番組でも美術番組でも、まずは自分でリサーチや取材を重ねながら、番組の構成を練っていくそうだ。

「ほかのテレビ局と比べると、制作には時間を掛けていると思います。社内で提案が採択されてから2〜3ヶ月後に放送するくらいのスパンです。提案するまでにも自分でリサーチしたり人に会いに行ったりするので、準備期間を含めると1時間番組を1本作るのに3〜4ヶ月は掛かっています」

自分が面白いと思うことを番組に

山中さんは『日曜美術館』で、絵本作家を取り上げる番組をいくつも制作してきた。取材対象を決めるのは、ディレクターの役割だ。

絵本作家の番組をやっていたきっかけは、子どもが生まれたことだったんです。それまで絵本には接点がなかったんですが、図書館で借りていろいろと読み聞かせをしていたら、面白い絵にたくさん出会って。

能動的に面白いと思って取材をした番組のほうが、やはり結果的に面白くなるんですよねもちろん、ひとりよがりで作るわけではありませんから、観ていただけるお客さんがどのくらいいるか、番組の中で『武器』になる要素があるかといったことも考えます。

視聴率はそこまで意識しませんが、飽きずに最後まで番組を観てもらえるかどうかは、かなりシビアに考えています」

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2019年11月放映の『日曜美術館』では、絵本作家・秋野亥左牟さん(1935-2011)の生涯を追った。作家のアトリエに残された膨大な手記を紐解いていくことが、番組のひとつの「武器」だ。

「秋野さんという方は、とにかく強烈なキャラクターです。白髪のおかっぱで、長いヒゲが生えていて。全共闘世代で、ヒッピーとして世界を放浪しながら、出会った辺境の民話や昔話を絵本にしました。沖縄でタコ漁師をして生計を立てながら絵を書いた、知るひとぞ知る絵本作家です。生涯で出版した絵本はわずか9冊と少ないのに、いま第一線で活躍している絵本作家の方々には、秋野亥左牟さんを尊敬している人が多くいます。

『一体、彼は何者だったんだろう?』という問いから番組を構成していきました。ミステリアスな絵本作家のイメージを立ち上げ、そのあと手記や家族へのインタビュー、たくさんの絵画作品や絵本を通して、彼の人生を感じてもらおうと思いました」

番組内で流れる音楽の選曲も行った。一般的には、音響効果を担当する方がいて、映像の編集作業のあとで音をつける。山中さんの場合は、掛けたい音楽を事前に選んでいるという。

「残されたアトリエに取材へ伺ったときに、にっこり笑った秋野さんの写真を見つけました。その笑顔を見て、『希望を感じられるようなラストにしよう』と思ったんです。そんなときに見つけたのが、ライザ・ミネリという女性ボーカルが歌うジャズの曲でした。『最後まで自分の足で歩き続けるんだ』みたいな歌詞で、秋野さんの生き方にフィットする感じだったんです。この曲で終われるような番組をイメージしながら撮影をしました

観る人の感情の移り変わりを計算しながら演出すると、山中さんは話す。

「映像は、始まったら一定のスピードでずっと進んでいきます。抗えない時間の流れに沿って、要素を置いていく。どんな感情をどんな順番で積み上げていってほしいのか、すごく考えながら編集しています。秋野さんの回であれば、夕日のなかで奥さんにインタビューさせていただいた場面がちょうど37分ぐらいに来てほしい、みたいなことですね」

複数の番組を掛け持ちしながら担当するプロデューサー職とは異なり、ディレクター職はそのとき制作している1本のみに集中して取り組む。そのためだろうか、1年以上前に制作した番組にもかかわらず、直前まで編集作業をしていたかのような鮮明な解像度で、山中さんは語ってくれた。

暮らしのインフラとしてのテレビ番組

いま、山中さんは、60年以上続く長寿番組『おかあさんといっしょ』のデスクを担当している。

昨年異動した「こども幼児部」は、NHKの放送する低年齢向け番組を制作する部署だ。幼児番組といっても『ピタゴラスイッチ』『にほんごであそぼ』『デザインあ』など、世界的に高く評価されている番組が多い。

「自分の子どもが4歳と2歳で、いわゆる幼児番組をまさにドンピシャで見る世代になりました。変な言い方ですが、せっかく家に小さい子がいるわけだし、タイミングとしては今がいいんじゃないかということで異動を希望しました。子どもの関心をそらさず見せられるかというのは理屈じゃなくて、ドキュメンタリー番組とはまったく違う作り方ですね

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『おかあさんといっしょ』は、いわば国民的番組だ。歌があり劇があり体操がありという基本構成はほとんど変わらないが、PerfumeやLittle Glee Monsterといった人気グループが定番曲を歌うといった新しい試みもある。

「会社の中でもけっこう存在感のある、伝統的な番組ですね。だからこそ、番組の持つ役割と、時代における正しさみたいなものとのバランスを常に考え続けなくてはならないと思っています。

『おかあさんといっしょ』といって思い浮かべるのは、大勢の子どもがスタジオセットのなかで元気に歌って体操する様子でしょう。しかしコロナの影響で、子どもたちが収録に参加できない状況が続いています。制作陣や歌のお兄さんお姉さんたちは、この状況でどうやって子どもたちを楽しませるか、知恵を絞って踏ん張っています。それは、あのスタジオセットでの収録こそが番組のアイデンティティだからです」

時代に合わせて変化した演出もある。子どものハミガキの様子を見せる「はみがきじょうずかな」というコーナーでは、「仕上げはおかあさん♪」という歌詞に合わせて母親が登場するのが定番だった。現在は多様化した家族のあり方を反映し、「おとうさん」「おじいちゃん」「おばあちゃん」のバージョンも用意して対応できるようになっている。

番組の名前こそ『おかあさんといっしょ』ですが、どんな家の子どもも除外しないように気をつけています。

朝と夕方の1日2回、月曜から土曜まで毎日放送していますから、子育て世代への浸透率はとても高い。インフラのように生活の一部になっているご家庭も多い番組です。制作陣もそのことを自覚しながら作っています」

生活の隙間に入り込むように

子育て世代にとっては、YouTubeは強力なツールだ。子どもがスマートフォンの操作方法を覚えるきっかけになった、という話を聞くことも多い。

「ぼくの家でも子どもたちがYouTubeを見ています。ただ、子ども向け動画の質は様々です。たとえば、あやとりや折り紙のやりかたを教えてくれるチューター系の動画には本当に助かっています。

しかし一方で、たとえば外国の動画などで、キラキラしたオモチャを子どもがひたすら開封していくような動画もあふれています。害はないけれど何も中身のないコンテンツをさして『虚無動画』という言葉もあるそうです。そうした何も残らないような映像を子どもが果てしなく見ている状態には、違和感を覚えてしまうのも事実です。

胸を張って安心して子どもたちに観てもらえるコンテンツを、テレビの中だけでなくウェブの場にも届けていくことは、公共放送であるNHKとして大事なことではないかと思っています」

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自宅にテレビを持たない人も増えているが、「テレビ離れはあっても、人がコンテンツから離れることはない」と山中さんは話す。

「コンテンツに触れる機会はむしろ増えています。だからぼくは、NHKの番組がいろいろな人たちの生活の隙間にもっと入っていけたらいいなと思うんです。

NHKエデュケーショナルの番組は、その番組を見てくださっている人の顔がイメージしやすいんです。幼児番組はもちろんですし、語学学習者のための語学講座などもそうですね。そういう意味でも、みんなのための番組というか、誰かのためにあるテレビをずっと作りたいなって思います。

NHKは多様性のあるメディアです。骨太なドキュメンタリーもあればドラマもあるし、将棋や料理の番組もある。『多様な番組の中に、あなたに面白いと思ってもらえる番組がありますよ』と言い続けることが重要だと思っています」

現代は、貧困や格差といった社会課題が広がる「分断の時代」だ。多様性を持ったメディアとしてのNHKの存在は、私たちが多様であり続けるための助けになるのかもしれない。

時代に寄り添う「理想のテレビ」

インタビューの最後に、山中さんに「理想のテレビ」について聞くと意外な答えが返ってきた。

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「日本テレビの『はじめてのおつかい』と、TBSで以前やっていた『しあわせ家族計画』ですね。ぼくの目指すところで、テレビの理想だと思ってます。

『しあわせ家族計画』って見たことありますか? 1990年代後半の番組です。一般応募の視聴者参加型の番組で、毎回ひとつの家族を訪ねて、お父さんにある宿題を課します。「ピアノでベートーヴェンを1曲弾く」とか「テーブルクロス引き」とか。それを1週間後にスタジオで挑戦して、クリアすれば予算300万円のなかから家族全員に好きなものをプレゼントする!というフォーマットです。

あの番組が上手いのは、宿題に取り組む1週間のドキュメントを家族が撮影するんですね。子どもたちは賞品が欲しいから、仕事から帰ってきたお父さんに張り切って練習させるんですが、お父さんがことごとく不器用なんですよね(笑)。なかなか上達しなくて家族もイライラする。その様子を家族が撮影しているからケンカも生っぽい(笑)。だけど週の後半にはお父さんもコツをつかんで上達してきて……。

今になって思うのは、あの番組は、あの時代の「家族」というものへの問題意識から出発していたと思うんです。90年代、学校ではいじめが社会問題になり、家ではテレビゲームに熱中する子どもが増え、親はというと働き方改革なんて言葉はもちろんなくて、朝から晩まで働いて自分の趣味なんてないお父さん。家族というものの関係性がどんどん希薄化していたと思うんです。

『しあわせ家族計画』では、一発勝負で披露する宿題に失敗してしまう回もよくあったと思います。だけど不思議に毎回、みんなすがすがしい顔をしている。家族はお父さんがこんなに真剣な顔で何かをするのなんて初めて見る。必死で応援する。その関係性に、視聴者も心を動かされる。300万円分の賞品はもらえなくても、家族にとってはこの1週間がお金に換えられない宝物になっている…という結末なんです。

エンターテインメントなんだけど、同時に「家族っていいものだな」と思わせられたり、「家族にとって大切なものってなんだろう?」みたいな普遍的なことを考えさせられている。これはテレビ番組としての理想的なパッケージだなと思います。

それから『はじめてのおつかい』もそうですけど、みんなで観られるんですよね。うちの4歳の子もすごく神妙な顔で『はじめてのおつかい』を観るんです。おつかいに行かせるなんて物騒だと考える親は増えていますが、それでもあの番組の意義や価値は消えないでしょう。

ああいうフォーマットを考えるのがテレビの企画の一番の面白みだと思うんです。ドキュメンタリーや幼児番組とはまた違うところですが、目指すところだと思っています」

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どんな時代になっても、私たちはきっとコンテンツが好きだ。私たちの生活の隙間にスッと入り込み、人生をすこし豊かにしてくれるようなコンテンツを、山中さんたちはこれからも作り続ける。

(取材:田邊都 文:鈴木亮一 写真:Kohichi Ogasahara)

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