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なぜ高齢者対象のZoomセミナーは開かれたのか? コロナ禍で高齢者650人を集めたイベントに聞く

長引くコロナ禍は、人と人が会う機会を大きく減らしました。感染時の重症化リスクが高いとされる高齢者と関わる現場では、コミュニケーションのあり方をどう設計するかが大きな課題となっています。

そんななかで私たちPR Compass編集部は、高齢者向けにZoomでオンライン講座を行う取り組みを耳にしました。筑波大学教授の山田実先生が講師となり、高齢者の健康維持について学ぶというものです。

オンラインツールに慣れていないというイメージのある高齢者に向けたZoomセミナーが行われている。これからの時代の新たなコミュニケーションのヒントがあるように思い、山田さんと本イベントを共催したクリニコと奉優会の担当者の方にお話をうかがいました。

山田実さん
筑波大学人間系教授。老年学、リハビリテーションが専門分野。

吉村俊一郎さん(株式会社クリニコ
クリニコは森永乳業グループの病態栄養部門を担い、流動食や栄養補助食品を販売している食品会社。吉村さんは製品担当者。

伊瀬卓さん(社会福祉法人奉優会
奉優会は、特別養護老人ホーム、デイサービス、グループホーム、小規模多機能型居宅介護など、多様な事業所を運営する社会福祉法人。伊瀬さんは17ヶ所の元気高齢者施設(高齢者福祉センター等)の事業部長を務める。

平林孝浩さん(社会福祉法人奉優会
同じく奉優会の平林さん。施設長としての役割のほか、高齢者センター等事業部や通所(デイサービス)事業部の本部長。


「高齢者に情報を届けたい」 Zoomセミナーが行われた理由

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(左上から、吉村さん、伊瀬さん。左下から、平林さん、山田さん)

――まずは、開催されたセミナーの概要を教えてください。

筑波大・山田さん:
「今日からできるフレイル対策を学ぼう」と題して、健常から要介護へ移行する中間段階である「フレイル」に陥らないための予防対策について、高齢者の方に知っていただく趣旨で開催しました。

人間の身体は加齢とともに機能低下していきますが、運動などによって機能が維持されやすいことが知られています。これまで福祉や介護予防の現場では、高齢者に運動や社会参加活動の機会を提供してきました。しかし、コロナ禍ではそうした活動は非常に制限を受けており、フレイルや要介護者の増加が懸念されます

――今回のセミナーは、クリニコさんからお話がはじまったと聞いています。

クリニコ・吉村さん:
はい、弊社から山田先生に提案したのがきっかけです。クリニコでは栄養補助食品を開発販売しており、医療や福祉に従事する方とお仕事させていただく機会が多いのですが、コロナ禍で医療従事者の方たちとお会いする機会が減ってしまっていました。このような状況でも情報発信を続けていきたいと考え、オンラインセミナーを企画しました。

当初は医療従事者に向けた情報発信を考えていたのですが、高齢者の方々に直接伝えていくことも大切だろうと考え、今回のセミナーを企画しました。山田先生が出された、コロナ禍を受けて高齢者の活動量がすごく減ったというレポートを拝見し、こうした情報を届けていく必要性を強く感じたことも理由にあります。

実際のセミナー運営にあたっては、多くの高齢者福祉センターなどを運営され、いわば地域在住高齢者のプロフェッショナルである奉優会さんに協力していただきました。

高齢者×オンライン=?。「やってみよう」からはじまった情報発信

――高齢者がZoomを通したオンラインセミナーに参加するというのは、あまり馴染みのない取りあわせに思えます。

クリニコ・吉村さん:
正直、最初は私もまったくイメージできませんでした。しかし、普段高齢者の方と接している奉優会さんにお話を伺うと、私たちが思うよりも皆さんスマートフォンやタブレットなどを使いこなしているとのことで驚きました。

奉優会・伊瀬さん:
地域の高齢者福祉にもう10年近く携わっていますが、私にとっても高齢者の方がITツールを活用できるイメージはなかったんです。

私たちの施設では以前から、体操講座や折り紙講座を行っていました。昨年までは講師の方が施設で行っていましたが、いまはZoomを利用しています。先日私が同席した講座では、スマホ、iPad、パソコンなどから20人近く高齢者の方がZoomに参加して体操をされていました。ITツールを利用できる高齢者の方は、実はたくさんいらっしゃいます

――「高齢者の方がオンラインツールを使うのは難しいだろう」というのは私たちの勝手な思い込みなのですね。今回のセミナーの手応え、成果はいかがでしたでしょうか。

クリニコ・吉村さん:
3週間に渡って計3回開催しましたが、合計650人の方に視聴していただきました。1つのZoomアカウントで複数の方に見ていただいているケースもあり、実際の参加者はもっと多いと考えています。チャットによる質疑応答にも、思った以上に多くのメッセージをいただけました。

筑波大・山田さん:
高齢者の方へのオンラインセミナーには大きな意義と可能性があると実感しました。コロナ禍以前から、高齢者支援におけるICT(情報通信技術)活用という議論は、医療機関や自治体でも盛んになされていたんです。しかし、なかなか進みませんでした。今回のセミナーは人と人が会うことが制限された今の状況だからこそ、チャレンジできた企画だったと思います。

奉優会・平林さん:
今回のセミナーでは、「開催までの広報期間の短さ」や「自治体を跨いだ事業開催」等の課題がありました。それでも山田先生とクリニコさんと共催できたことで、利用者はもちろん、現場の職員も次のステップに進めたように感じています。今後、各事業所のWEB環境の整備や、職員のITスキル向上、利用者への利用方法の周知を進めていくことで、更に発展した介護予防が図っていけると考えています。

ハイブリッド型のセミナー運営

――オンラインでセミナーを行う場合、事前に録画しておいた映像を放送する方法もあるかと思います。今回のセミナーでライブ配信にこだわった理由はなんでしょうか?

クリニコ・吉村さん:
「聞いてくださっている方がどんな反応をするのか」をリアルタイムで把握したい、というのが一番の理由です。ライブ配信なら、チャット機能で先生にすぐ質問することでき、双方向のコミュニケーションが可能になります。

筑波大・山田さん:
録画配信とライブ配信では、受け手の印象が大きく変わってくると思います。講師として話す側の心持ちも、かなり違いますね。

――参加された高齢者の方はどういった状況で視聴されていたのでしょうか?

奉優会・平林さん:
自宅などからご自身のスマートフォンやパソコンから参加される方と、各施設の集会スペースに集まってパブリックビューイングを見るような形で参加される方の2パターンがいました。いわばハイブリッド型です。

(奉優会の運営する施設での、講演会の様子)

筑波大・山田さん:
このハイブリッドの形はものすごく参考になりました。これまでの講演会は、会場に出掛けていって話を聞くのが普通でしたが、誰もが集まりたいわけではありませんよね。介護予防の観点からは、「外出して活動量を増やしましょう」「社会参加して他人と交流しましょう」と活動的な生活を促しますが、やりたくないと感じている人に無理強いするのは逆効果なんです。

今回のような講演会の形式が普及すると、情報を届けられる範囲がすごく広がるんじゃないかと思います。

選択肢から自己決定できることの大切さ

奉優会・平林さん:
いま山田先生が言われたように、ハイブリッド型の講演会は利用者にとって、自己決定ができるという利点があります。自宅からでも参加できるし、集まってお喋りするのが好きな人であれば、ソーシャルディスタンスが保たれた状態で施設に来て参加してもいい。

コロナ以降の福祉施設は、家族との面会も謝絶しているほど、外部との出入りに制限がある場合もあります。そうした施設では、体操を指導してくれる先生のような方も施設内にはお呼びできなくなり、余暇や介護予防のための活動をこれまでのような形では実現できていません。

今回のZoomセミナーをきっかけに、オンラインを活用したコンテンツをもっと充実させていければと思っています。外出して人と会える環境も、自宅でITツールを活用して楽しめる環境もあるという、いい意味でのダブルスタンダードのようなやり方を進めていきたいですね。

奉優会・伊瀬さん:
介護を必要とする高齢者の方は、生活のなかの選択肢がほとんどないんです。本人は外出したくても、家族に「危ないから外へ出ないように」と止められている方も多くいます。そういった方たちが、ご自身で選ぶことのできる活動や環境をなるべくたくさん用意していきたいと思います。

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PR Compass編集部の質問にも、みなさん気さくに応えてくださいました

高齢者支援とオンラインコミュニケーションの可能性

――今回のセミナーをどのように位置づけて生かしていくのかお聞かせください。

クリニコ・吉村さん:
高齢者の方に直接関わっていくことは、弊社でも課題としてここ数年取り組んできたことでした。そんななかで、今回のようにオンラインでコミュニケーションを図る試みは画期的なことだったんです。

今回の試みを通して、私たちが思っている以上に、高齢者やその周りの方々はYouTube、Instagram、Twitter、FacebookといったSNSを見ていることも知りました。オンラインツールを通して高齢者の方たちともコミュニケーションできるという実感を得ることができました

奉優会・伊瀬さん:
いま比較的お元気な、病院や施設に入られていない高齢者の方たちも、コロナの影響で弱っている方はたくさんいます。ひとり暮らしで、何日も誰とも話していないような方も多いんです。そうした方にとっては、ITツールがあることも助けになるでしょうし、一方でやはり人と安心して会えることも重要です。そうした環境を作っていくことが私たちのやるべきことだと思っています。

奉優会・平林さん:
今回の試みは、高齢者福祉の現場に様々な可能性を与えるものだと思います。本来は元気だった方たちがコロナ禍で閉じこもってしまった状況を、ハイブリッド型のZoom講座をひとつの手段として打ち破っていきたいです。

筑波大・山田さん:
コロナ禍が高齢者の健康に与える影響は、世間ではあまり報道されていないのですが、計り知れないものがあると考えています。なにも対策がなされなければ、今後の介護保険制度にも大きな影響が生じるのではないかと思います。

このことを、まずは医療、介護、福祉の従事者の方に知っていただきたいと思い、私も発信を始めています。重要なのは、新しい手法もどんどん試しながら、伝えるべき情報をきちんと周知させていくことです。私にできる情報発信を試行錯誤しながら、しっかりと届けていきたいと思います。

――本日はありがとうございました。

・ ・ ・

今回のセミナーには、私の義理の母も長野県から参加していました。数年前に退職してからはパソコンを触る機会もほとんどなく、もちろんZoomを使うのも初めてでした。事前にLINEでZoomの使い方を伝えて、家族で練習もしました。
毎回、講演が終わると感想がLINEで送られてきます。そこに書かれているのはオンラインツールの使い勝手ではなく、講演内容からどんなことを学んだか、生活にどう取り入れていくかといった内容です。
伝えよう、届けようとすることを、勝手に諦めてはいけない。今回の取材を通して、そう強く思いました。

(聞き手: Story Design house 鈴木亮一)

Zoom配信された今回のセミナーは、アーカイブ配信が予定されているそうです。公開時期などがわかり次第、この記事でもお知らせします。

取材協力:
・筑波大学 山田実さん
株式会社クリニコ
社会福祉法人奉優会
Story Design houseでは「意志あるところに道をつくる」をミッションとして、さまざまな企業のPR活動を支援しています。是非、ウェブサイトもご覧ください。
お問い合わせはこちらから。 https://www.sd-h.jp/contact


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