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ドラッカー研究の第一人者と語る 世界にイノベーションを起こすセルフマネジメント

ピーター・ドラッカーといえば現代経営学の大御所として知られています。その思想の一部をカジュアルに紹介した『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』が、一大ブームだった時のことを記憶している人も、多いのではないでしょうか。

晩年のピーター・ドラッカー教授から直接指導を受け『新版 ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント』を出版された藤田勝利さんは、ドラッカーの理論の力強さは、ビジネスの根幹にあるべき「哲学」に焦点を当てているところだといいます。だからこそ、いつの時代にも、誰にとっても発見があるのだそうです。

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profile
藤田 勝利(ふじた・かつとし)
住友商事、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て、2004年米クレアモント大学院大学P.F.ドラッカー経営大学院で経営学修士号取得(MBA、成績優秀者表彰)。生前のピーター・ドラッカー教授およびその思想を引き継ぐ教授陣よりマネジメント理論全般を学ぶ。専攻は経営戦略論とリーダーシップ論。
帰国後はIT系企業の執行役員としてマーケティングおよび事業開発責任者を歴任。現在は次世代経営リーダー育成、イノベーション・新事業創造に関する分野を中心に事業活動を展開。桃山学院大学ビジネスデザイン学部特任教授。米ボストン発祥のVenture CafeTokyo 戦略ディレクター。ドラッカー学会理事。

今回は自らもドラッカーにインスパイアされたStory Design houseの曽根圭輔が、藤田勝利さんとお話ししました。

What do you want to be remembered for ?(あなたは何によって記憶されたいですか?)

曽根:ドラッカーの理論は、僕が社会人としてどう生きるべきかの根幹にあります。自分の中で、とにかく忘れられないフレーズがあるのです。

「自分の人生が終わる瞬間に、あなたは何によって知られたいのか?」という……。その言葉を見つけたのは約10年前位、30歳になったばかりの頃でした。当時たまたま手にした『プロフェッショナルの条件』というドラッカーの言葉を集めた書籍に、書いてあったんですね。

実は20代の僕は仕事はさておいて、社会人ラクロスに入れ込んでいたのです。それが結婚して子供を持ち、「そろそろ本腰を入れて仕事をしないといけない」というタイミングで、この非常に本質的な問いに出合いました。そこで考えたことが、今の僕の根幹になっていると思うのです。

ですから、インターンにやってくる若者にも、よくこの本をプレゼントしているんですよ。これから社会に出る彼らにも「自分の人生が終わる瞬間に、あなたは何によって知られたいのか?」という問いを立てて、仕事をして欲しいと思っています。

自分の中のドラッカーってマーケティングとかマネジメントとかの枠に納まらないところがあります。哲学者的な存在感というか。

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藤田勝利さん(以下藤田):彼は哲学者ですね。本人は経営学者ではなく、ソーシャル・エコロジスト(社会生態学者)だと自称しています。ありのままに世の中の起きている現実や人間の行動を見る人という意味です。

さっき、曽根さんがおっしゃっていた「What do you want to be remembered for ?」……あなたは何によって記憶されたいですか、というくだりは、ドラッカーの思想の基本中の基本ですね。

僕もちょうど15年前に、スタートアップのマネジメントをしていた時に、その文言をプリントして部下全員に配ったんです。そうしたら、みんな他力本願を止めて、自分の頭で猛烈に考え始めたのです。「自分は何によって記憶されたいんだっけ?」と自問すると、例えば「会社の文句ばかり言っている人」としては、記憶されたくはないな……と思う気持ちが芽生えたりするわけです。

曽根:藤田さんの新刊『新版 ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント』では、第1章がセルフマネジメントについてですね。「What do you want to be remembered for ?」というのは、自分自身を知るための問いでもありますから、セルフマネジメントとつながっているのではないでしょうか。

藤田:そうです。でも実は、2013年にこの本の前のバージョンが出た時に、当時の編集者の人から、セルフマネジメントが1章だということを、心配されたんです。「マネジメントの本としては、あまり一般的ではない」と。

でも僕は「ドラッカー・スクールのマネジメント本を出すなら、絶対に1章はセルフマネジメントじゃなきゃいけないんです」と主張しました。ドラッカー自身も「最初にセルフ(自身)ありき」と言っていますから。そんな経緯があって、現在の構成になりました。

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なぜ日本人の企業人からはイノベイティブなアイデアが出ないのか?

曽根:でもセルフ・マネジメントって、日本の経営者の最も苦手とするところですよね。

藤田:本当に苦手です。複合的な要因があるのですが、日本には個よりも組織を重んじる文化が根付いてきたことが大きいですね。だから、みんな自分を知らない。それは様々な弊害を生みます。まず、イノベーションが起きません。

スティーブ・ジョブズに代表されるようなイノベイティブな企業家はみなそうですが、基本的には自分の内省をして、掘り当てた独自の美意識からアイデアを得ているわけです。自分の価値観を掘り下げていない人達から、斬新なアイデアが出るわけがないですよね。

曽根:ありがちなパターンとして、個人は独創的であっても組織のなかではそれが発揮できないということもありますね。

飲み屋で話していると面白いアイデアがポンポン出てくるのに、同じ人がいざ組織の人間として発言するとなると、とたんに勢いが削がれて、発言も詰まらなくなってしまう。これもセルフ・マネジメントができてないこととつながるのでしょうか。

藤田:つながっています。個人よりも会社に合わせるっていうマインドセットのほうが強いのですよね。飲み屋では、いくらでも自分を出せるのだけれど、ほんとにリスクのある所で「自分を出せ」って言われたら出せない程度にしか、 個が確立されていない。

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ドラッカーはそれを「真摯さの欠如」と言ったりもする。真摯さって英語にするとインテグリティ(integrity)というのですが、一貫性という意味もある。「飲み屋では、こういうふうに言いながら、職場に戻ると違う」っていうのは、一貫性が無いわけです。

「本当は俺はこうしたいんだ。でも部長の前では、やっぱりそれ言えない」というマネージャーが、リーダーシップを発揮できるかといえば、難しいでしょう。セルフマネジメントが欠如するという事は、真摯さが欠如することにつながり、結果的にリーダーシップを発揮できなくなるというわけです。

Build on your strength. (強みの上に築く)

曽根:もうひとつ藤田さんの本で、自分自身改めて大きな学びとなったのが、人の強みを活かすマネジメントができていないという部分ですね。

日本では人材の欠けている部分に注目する。でも、その人の弱みよりも強みに注目した方が人は伸びると。私もどちらかというとマネジメントする側の人間なので、そこを猛省しました。

実はさっそく息子に試してみたんです。息子はサッカーを習っているのですが、僕からすると改善点が目に付く。でもマイナス点を改善するよりもプラス点に目を向けようと、試合前に息子の良い点を仕事と同じ熱量でプレゼンしたんです。「お前の強みはここだから、明日の試合はここを活かしていけ!」と。そうしたら、次の試合の日には大活躍し、やはりドラッカーの言葉は正しいと立証されましたね。

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藤田:「Build on your strength.」…強みの上に築くですね。確かに、人間には物事のマイナスの部分に目が向いてしまう習性があります。優秀な人材にローテーションで複数の部署を経験させて「経営リーダーの視点」を獲得させようとするのは日本の企業にはよくあることです。その方法はオールラウンダーを育てるのには適しているのですが、変化の時代にイノベーションを起こすような尖った人材は育ちにくいのです。

曽根:僕は「Build on your strength.」という方針に大賛成です。日本の負の連鎖が、この言葉によって払拭できるのではないかと思えるぐらい重要なキーワードだと思いますね。

弱点を補うよりも、強みを、どんどん伸ばしていったほうが、その人の自信も増すし、パフォーマンスとしても上がるんだろうなっていうのを、仕事に関しても感じます。

藤田:僕も企業の採用の仕事をしていると「彼女は、これが出来ないから…」「ポストが上手く合わなくて」みたいな会話が頻繁に交わされるのを聞きます。

それよりも「彼女の強みは何だ」っていうことを、まず知らないといけないと思います。その強みに、組織の目的に合うポイントがあれば、1番なのです。ポストありき、ではないんですよね。

イノベーションの源泉には哲学や思想がある

曽根:ぜひ聞きたいと思っていたことがあるんです。個人的にとても好きな経営者がいて、僕はその人の話を聞くと、とっても落ち着くんです。それが前LinkedInのCEO、ジェフ・ウェイナーという人です。彼が掲げてるのが、「コンパッション・マネジメント」。「相手の目線に立って物事を考えれば、どういう言葉を伝えていいか自ずと分かるはずだ」という思想です。

コンパッションつまり思いやりというのは、ダライ・ラマの「Pursuit of their happiness(幸福の追求)」という本にインスパイアされたキーワードなんです。ダライラマの研究した本なのですが、そこからcompassionという言葉を引用してきたそうです。

ジェフは「リーダーは、他者をインスパイアする存在でなければ」というようなことも言っていて、これはドラッカーの考えにも通じるものがあると思いました。

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藤田:コンパッションは、最近のトレンドワードですね。スタンフォードなどの大学でも教えていると思います。マインドフルネスに関連する新たなキーワードとして、1、2年ぐらい前から注目されています。

曽根:近年はビジネス分野におけるリベラルアーツの重要性が、再認知されてきましたよね。

藤田:思想するとか、哲学するトレーニングを受けている人は、イノベーションを起こす傾向が強いという研究結果もあるらしいです。

新しいものを生み出す時は哲学的な閃きが必要なのではないでしょうか。スティーブ・ジョブズも基本的には、禅や瞑想の中から新しいプロダクトを生み出したという事実があります。ジョブズは彼専用の瞑想ルームを持っていたんですよ。

内省をしながら新しいプロダクトの構想を作ってるっていうのは、ある意味日本的です。本当は日本がリードしなければいけない分野なのかもしれないと思うのですが、逆輸入みたいな形になってしまっていますよね。

自分をとことん深めることが、結果的にマスマーケティングにつながる

曽根:マーケティングについても話しましょう。ドラッカーといえば、最も知られている言葉は『顧客を創造する』なのではないでしょうか。

僕がよく仕事でクライアントにお伝えする目安として「5人のファンを作る」というものがあります。「自分が本当に良いと思うものを『死ぬほど好きです』って言ってくれる人が5人出来たら、絶対にマーケットが取れます」と言うんですね。

藤田:ポッカコーポレーション(現ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社)の創業者・谷田利景さんが初めてホットの缶コーヒーを作った時の話が印象的です。

会議室に、率直に話をしてくれそうな社員を5、6人集めて「俺は、熱い缶コーヒーが出る自動販売機を作りたいんだけど、どう思う?」と意見を聞いたんです。すると非常に反応が良かった。そこで「この5、6人がこれだけ熱狂的に欲しいって言ってくれるんだったら、GOだ」と判断したんですね。

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もちろんマーケティング部は顧客アンケートを元にした調査をするのですが「まずGOかどうかは、ここで決める」みたいなことです。

曽根:私が言いたかったことは正にそれです。ありがちなのが「まずはマスを取りましょうという」戦略。でもそうすると、その時点で思考停止になっちゃうんですよ。

藤田:削ぎ落とすということですね。これはもう99%、セルフマネジメントの問題です。削ぎ落とせない人は、自分の内省をしてないから、あれもこれも、こっちもっていう話になる。

社内の意見も気になってきて、上に目配せするようになりますし。そうなると、マネジメントの話とも、つながってきます。

ドラッカーは古典であり先端である

曽根:本当に、全てつながってきますね。改めて思ったのは、ドラッカーは経営学の世界では古典ともいえる思想ですが、今読んでも充分に新しいということです。

藤田:ドラッカーは1990年前後ぐらいに、既に『ポスト資本主義社会』っていう本も出しています。だから今話題のものは、ほぼドラッカーに先取りされている。僕からすると、最近出てくるテーマはもう一通り、ドラッカーから学んでいますね。ソーシャルイノベーションも、マインドフルネスに通じるセルフマネジメントも、短期と長期のバランスをとる「両利きの経営」も、経営とリベラルアーツの繋がりも、ドラッカーを読んでいるとワードが出てきます。

曽根:ドラッカーは本質的な問いをすくい取っているからこそ、普遍的な魅力があるのだと思いますね。常に傍におくべき思想だと、今回改めて感じました。


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