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「バラバラだけど調和している」場づくり——OpenAに学ぶ、多様性の空間【建築家・馬場正尊さん】

何かを失うことには、ただ「欠落」があるだけなのでしょうか?

建築家の馬場正尊さんはリノベーションブームの仕掛け人として、2000年代から精力的に活動されてきました。「東京R不動産」の立ち上げをはじめ、建築設計や都市計画、執筆など多岐に渡る活動を続ける業界のトップランナーです。

一方で馬場さんは30代半ばの頃に自身の視力の悪化に気がつき、約15年が経った現在は小さな文字を読んだり人の顔を瞬時に識別するのが難しい状態になっているといいます。

建築家は、デザインを操る職業。そのような職業に就く人の視力が弱まっていくことは、何を意味したのでしょうか。馬場さんご自身や、馬場さんが代表を務める事務所・OpenAは、どのように変わっていったのでしょうか。

人と社会のコミュニケーションのありかたを探る「PR Compass」。今回は馬場さんとOpenA内でのコミュニケーションとコミュニティのあり方から、多様性を包み込む場について考えます。

馬場正尊さん/建築家、OpenA代表取締役、東北芸術工科大学教授。
1968年佐賀県生まれ。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。
広告代理店勤務、雑誌『A』編集などを経て、2003年にOpenAを設立。
建築デザインの他に「東京R不動産」「公共R不動産」などの運営にも携わり、建築・メディア・不動産の分野を行き来する幅広い活動を行っている。

視力の悪化に気づいて——人との向き合い方の変化

このようなテーマでの取材は初めてだったそうで、「使ったことない筋肉を使う感じになっちゃうなぁ」と笑う馬場さん。はじめに、視力が悪化した当時のことを振り返ってくれました。

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「ある時、卓球してたら、空振りするんだよね。得意だったのに。眼鏡がおかしいと思って眼鏡屋さんに行ったら、『眼の中心が全然合わないです。これは絶対おかしい。病院に行ってください』って言われて。それで病院に行ったら、『すでに視野が普通の人の20分の1くらいです』と言われたんだよね。世の中の人は全員こんな見え方をしてると思ってたんだけど、実はもうすごく進行していて。若かったから、分からなくて」

当時、馬場さんは30代後半。OpenAをすでに立ち上げ、5〜6人のスタッフがいた頃でした。自分でも気づかないうちに緑内障を患っていたのです。
緑内障は進行するため、いつか失明する可能性があることも告げられました。

その宣告に大きなショックを受けながらも、馬場さんの視力の悪化は年々進行し、日常生活に影響を与え始めます。人の顔を瞬時に識別するのも難しくなり、仕事にも支障が出はじめました。

「たとえば人の集まる場とかで、知り合いが挨拶に来てくれてもよく見えないから微妙な反応をしてしまうんだよね。『私のこと忘れてるの…?』みたいにショックを受けさせてしまって、それを見て僕もまたショックを受けて。で、どんどん、表に出ていくのが嫌になった

OpenAからの離脱や解散を考え始めた馬場さんは、自分がいなくなっても組織が回るようにと試行錯誤を始めました。しかし、なかなかうまくいかず、それと同時にOpenA全体の元気がなくなっていくのを感じたといいます。馬場さんはその頃を、「考えてみれば、全部を僕がコントロールしようとしていた。マイナスに向かって閉じていく作業をしていた」と振り返ります。

しかし、仲間の一言が風向きを大きく変えました。
世の中の人が馬場さんに求める像は、『朽ち果ててもいいからバカをやってる人』だ

「無責任なことを言うヤツがいたんです(笑)。でも、『まぁ、そうだな』って思って。『今は楽しく能天気にいこう』と、スコーンと肩の力が抜けた瞬間になりました」

そこからは、様々なことが好転していきました。馬場さん自身も、視力が悪くなっていることを開き直るようになりました。机の上に並べられた食事がよく見えないことを隠さず、あえて伝えていくことからはじめました。「すいません、ちょっと実は目が悪くてですね…!」

「世の中の人って優しくて、そう言うと食べ物を取ってくれたりするんだよね。そしたら当然『ありがとうございます!』って言うじゃない。スタッフも、『馬場さんそこに段差ありますよ』と教えてくれるようになる。徐々に、感謝することと頼ることに慣れていった。そうするとOpenAの空気がすごく楽しげになっていったんだよね。不思議なもので」

「委ねたり頼ったりすることに対して、僕ができるのは、感謝することぐらい。『もう、ちょっと頼むわ!もうみんなが頼りだわ!』と。すると周りも、『まぁそうだよな』みたいな感じで」

その時のことを、「図らずも、必然的かつ自然な権限移譲が行われていった」と振り返ります。自身の個を立たせて牽引するよりも、スタッフがイキイキと活躍するのを馬場さんがサポートする方が、OpenAの運営にうまくフィットしたのです。

しかし「開き直り」は、ある意味での「諦め」ともいえます。葛藤の中で、周囲を頼ることを受け入れていきました。

「やれないことを諦めるのは、最初はやっぱり難しかった。けど、だんだん諦められるようになってきた。やれないことは増えていくからね。だけどそのおかげで、僕がやれないことを、能力がある誰かがやってくれるのも分かった」

インプット・アウトプットとコミュニケーションの変化

馬場さんは現在、iPhoneのアクセシビリティ機能やアプリケーション、書き起こしサービスなどを組み合わせ、音声を利用して情報のインプット・アウトプットをしています。

「(とても速い読み上げ音声)これが僕の読書ですね」

(音声ファイルをダウンロードし再生すると、取材時の馬場さん再現の読書の様子を確認できます)

編集部のメンバーも取材中に思わず声を上げ驚くような再生スピードでした。なかなか聞き取れない速さに思えましたが、脳が慣れるのだといいます。目を使う読書よりもずっと速く読了でき、読書量も増えたそうです。

目に頼らないインプット方法を行うようになると、情報の頭への入り方も変わりました。

「目で読むときは読み直しができるけど、音声で読むときは読み直しが難しいから、大きなストーリーのかたまりとして頭に入る感じ。微細には入っていかないんだけど、ざっくり頭に入っていく感じなんだよね。小説に感動して泣いたりもする(笑)」

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(馬場さんが取材時に書いてくださったメモ)

会議の時も、なかなかメモが取れないから、いろんな人が話す言葉の地図を頭の中で作る感じになるんだよ。頭の中でKJ法やってるような感じかなぁ。いいフレーズだけパッパッって頭の中にメモしていく。だから会議のモデレーションもうまくなった」

メールを送る際は音声入力を使います。音声入力はスピーディーで、メールの返信も速くなりました。語りかけるように音声を吹き込むため、文字で打ち込んでいた頃より、相手の顔をイメージするようになったそうです。「昔のメールより優しいメールになってると思う。ちょっと感情が入った、自然な文章になっていると思うんだよね」。

書く行為は感情を客観視するような行為である一方で、話す行為には自然に感情がこもるので、メールの返信は話す言葉の方がうまくいくのだそう。

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(馬場さんが実際に音声を吹き込んでいる様子)

OpenAのスタッフの方も、馬場さんのメールに対して「まるで隣にいて喋ってるかのような感じ」と語ります。馬場さんも、「そうなんだ!でも実際に喋ってるからね(笑)」と嬉しそうな表情を見せていました。

社内には「ふと思いついた時に、無責任にメールしたりする」のだそうです。思考回路の共有として気楽に受け止めてもらうよう伝え、送っています。馬場さんも「『これ使えるじゃん』と思ったのを使ってくれればいい、ぐらいな感じで発信してるな」と軽やかです。

するとだんだん、スタッフの方の返信もカジュアルなものになっていき、馬場さんが持つ情報もより開かれた状態になりました。「馬場さんの脳内がオープンになっている」ようなのだそう。

「それも、OpenAの雰囲気がラフになっていくことの要因になってるかもしれないね」と馬場さん。「画面の向こうにいるのも人間だから。定型的な文章よりも、その人のキャラクターが伝わる一生懸命な言葉の方が理解してくれる。ちょっと変わってると思われるかもしれないけど」。

「"バラバラな個が勝手に動く"を均衡させる場」としての事務所

チームとしての仕事にも変化が。

OpenAでは、プロジェクトの進捗状況の共有の場として週1回のデザインレビューを設けています。その際、馬場さんは、インタビュアーに近い役割を担うようになったそうです。図面や模型に込められたスタッフの考えや思いを聞き出して重要なコンセプトを拾い、分かりやすい形にまとめて提示する。その立ち位置には、OpenAを立ち上げる前に携わっていた雑誌編集の経験と、「見えなくなったこと」が生きているといいます。

「『どんな感じなの?』とまずはざっくばらんに聞いていって。で、その人が言った重要なフレーズを拾って加工して提示する。なんとなく作ってる模型の『なんとなく』を定義するのは僕の役割だと思ってます。それを捕まえすぎるとつまらなくなることもあるから、気をつけなければと思いながらやってるけど」
造形がバシッと見えなくなった分、造形では表現しきれない空気感への感受性が鋭くなって。だから、それをどうやって表現したらいいんだ?って思ってるのかも」

OpenAのスタッフの方のキャラクターは十人十色で、かつ、OpenA全体にそれを受け入れる雰囲気が醸成されています。スタッフも「自立したひとりとして見られている意識があって、やる気が出る」と語ります。

建築の世界では、建築事務所を支える建築家の「個」が立つことが重要視されてきた歴史がありました。馬場さんは、そのようなカルチャーを肯定的に捉えながらも、あえて違うスタイルで事務所を運営しているといいます。

「『僕も『個の圧倒的な能力で物事を突破する』建築家に憧れたけど、残念ながらそういうタイプではなかった。でも同時に、ビッグネームの個だけじゃなくて、まぁまぁの個がいくつもしっかり立っているチームもいいんじゃないかと思って

さまざまな「個」をひとつの場に置くことに関しても、編集の仕事から発想を得ている部分もあるといいます。

「不思議なことに、バラバラなものでも、1つの雑誌とかメディアに納めた瞬間にまとまって見えない?編集の仕事をしていたからこそ、そのマジックを知っていて。だからOpenAでも、バラバラなものをゆるいプラットフォームに乗っけることをしてみたんだよね。すごいエッジの立った組織にはなってないかもしれないけど、全体が調和した力強さとかメッセージを持てたらいいなと」

「多様性を認める場」って何だろう——工作的な空間が目指すもの

近年、馬場さんは「風景」という言葉を多用するようになりました。「ひとつひとつの空間で捉えるというよりも、もっと大きな風景で物事を捉えられないかと思うようになった」といいます。

東日本大震災の際に「建築が壊れる」というよりも「風景が壊れる」と語られることが多かったこと、そして、日本中の郊外で同じような施設が並ぶ風景が広がっていること。それらを見ながら、「風景の中の個別の空間だけを意識していていいのだろうか」と疑問を抱くようになりました。

「郊外の風景に関しては、僕たちの欲望が望んだ風景でもあった。僕らの欲望が社会システムを生んで、その社会システムが郊外の風景を作っていたわけです。でもその社会システムはいずれ崩壊する。だから僕たち建築家は、理想から逆算して風景を設計していかなければいけないと思う」

そう感じた背景には、視力の悪化の影響もありました。

「自分がひとつひとつのディテールが見えにくくなったからというのはあったと思う。でも、物事をざっくりとしか捉えられないからこそ、素直に風景という全体像に関心が向いた

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馬場さんが現在着目しているのは、パブリックスペースや公園。その根底にあるのは、「多様性」というキーワードです。

以前、公園でインスタレーションを実施しようとした際、さまざまな規制に縛られて自由な表現ができなかった経験がありました。多様性が認められるはずの公園から、多様性が奪われている。そこに「多様性が調和した空間」と逆行する課題を見出し、公園、そして公共空間のリノベーションに取り組み始めました。

計画性に依らない建築や空間の作り方もあってもいいのではないか。そうした問題意識から生まれたのが、「工作的建築」や「工作的都市」というワードです。

「今までの建築は、プロによって美しく作られてきっちりおさまったものを目指すのが当然だった。そのように作られる美しい建築ももちろん大好きなんだけど、そのシステムが本当にいろんな人を幸せにしたり、自由にしたり楽しくさせたりするのか、っていう疑問をもつようになって」

多少不完全であっても、たくさんの人が関わって、『ここは僕たちの場所だ』『僕たちの空間だ』『僕たちの建築だ』と思えるような建築があっていいよな、って思った」

OpenAのオフィスのデザインは、それを空間化してみたうちのひとつだそう。コンセプトは「屋根のある公園」です。

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(OpenAのオフィス)

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(提供:OpenA)

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(提供:OpenA)

素人目に見ても、その空間には「工作」的要素を感じさせられます。机はよく見てみるとソーラーパネルだったり、シャンデリアはよく見てみると無数のメガネだったり。なぜか突然、信号機が置かれていたり。「美しく作られた、きっちりとした形」ではなく、「いびつに組み合わせられた、不完全な形」なのです。

しかし、だからこそ、その空間は「さまざまな姿」を許容しやすくなっています。誰が作ったどんなものが置かれてもよく、ちょっと変わったものがあっても、仲間外れにはされないのです。

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(取材中の馬場さんの背景にOpenAのオフィス空間。ゆったりとした働く場が広がる)

まさに、馬場さん曰く、「いろんなヤツが好き勝手やれるような多様性があって、それが均衡を保ちながらバランスしてる状態」。馬場さんが語るOpenAというチームをそのまま現すような、象徴的な空間でした。

(編集:原光樹 構成:薄井慧)

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詳細は以下リンクからご確認ください。
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